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楽団カーニバル2001 総合インスペクターインタビュー

総合インスペクター
大場 勝之
(おおば かつゆき)
 1973年東京生まれ。 大学1年より法政大学マンドリンクラブにてマンドラパートに所属。 3年生でサブトップ、4年生でトップになるが自分の学校の練習よりも全マンと言われる学生マンドリン連盟の集まりの方が楽しく、その流れで全マン合同演奏会(94年)や卒業演奏会『卒演’96』のステマネを歴任する。 社会人になって1年くらいは音楽活動を続けたが、その後理由あって音楽活動を3年ほど休止。 2000年5月にCARNIVAL2001(楽団カーニバル2001マンドリンオーケストラの前身)を結成。インスペクターとして2001年6月の第1回演奏会の陣頭指揮をとる。 その後約半年間他団体の研究のためカーニバルを離れ、その後運営委員長として楽団に復帰して今に至る。 2002年9月に新たな夢、楽団カーニバル2001総合音楽祭に向け、総合インスペクターに就任。 楽器はマンドラ、マンドリン、クラシックギター(初心者教室)、アルトサックス(初心者教室)。


−いよいよカーニバルが新しいことをはじめるみたいですね

そうなんです。今更ながらにその大きさに圧倒されそうですが(笑)

−具体的にはどのようなことを計画されているかお聞かせいただけますか?

はい。ホームページにもあります通り、2年後の2004年12月にカーニバル総合音楽祭を開催します。これはどのようなイベントかと言いますと、元祖カーニバルであるマンドリンオーケストラと間もなく立ち上がる吹奏楽団、管弦楽団が異色混合オーケストラを結成して演奏会をするということになります。3楽団で150〜200名という規模の全く信じられない大ステージになります。

−本当に大きな話ですね。どういう経緯があってそのような発想に至ったのですか?

もともとカーニバルができたきっかけは、たまたま母校マンドリンクラブの演奏会に出演するきっかけがあってその勢いでマンドリン団体を作ってしまったということなんですが、当時の私自身はというと弦楽オケへの強い憧れがあって「そろそろバイオリンでも始めて、どこかのアマオケにお世話になろうかなー」と思っていたので、今から思えばオーケストラという形式であればマンドリンでなくても良かったのだと思います。

−では運悪くマンドリンに収まってしまったと?

いやいやそうではなくてですね(笑)。アマオケを探していた私の検索した限りにおいては初心者に完全に開かれた団体ってのはなかったんですよ。だからそれをやるなら自分で作るしかなかったんですね。でも管弦楽の世界はまったく知らなかった。けど80人規模の演奏会の主催者とか学生マンドリン連盟の合同演奏会のステマネの経験があったので団体を作ることには別段の難しさを感じていなかった。そこにマンドリン団体を作ろうという声が上がったので「よし、じゃあいっちょやったるか」ということでカーニバルが立ち上がったのです。

−団体が立ち上がってからの2年半を振り返っていかがですか?

1年目はとにかく勢いだけでしたね(笑)。毎回5人とかしか集まらない時期が2ヶ月近くも続き、それでも毎週毎週、練習場所が遠くても、待ち合わせ場所に自分が行っても誰もいないことがずっと続いても毎週練習を続けてきました。そしてようやっと1回目の演奏会で寄せ集めに近い状態だったかも知れませんが何とか44人でステージに上がることができました。2年目はメンバーの定着や核となるメンバーが多く集まったので演奏会の参加者は45人で1年目とほぼ同数でしたが、演奏面も運営面も合わせてかなり質の向上が図れたんじゃないかと自分では思っています。

−マンドリンオーケストラの3年目はいかがですか?

そうですね。もともとカーニバルは3年を目指して活動をしてきたんです。それはお世話になっている楽器屋の店員さんが「社会人団体って1、2年目は勢いでできるけど、3年目でなくなっちゃうことが多いんですよ」ということを団体結成のときのアドバイスとしてしていただいたので、とにかく“3年目の完成”だけを考えて活動をしてきました。1回目の演奏会が勢いだけでも44人のステージにできたことは自分にとってかなり大きいことでして、それがなぜ実現できたのかを考えたときに「とにかく先に会場を取ってしまうこと」が一番の成功要因だったんですよ。まだ2人しかメンバーがいないのに550人収容の会場を予約してしまったのですから、冷静に考えれば無謀な話です。でも結果的に演奏会ではステージに44人集めてしまった。だからこそ第3回もそれにならってティアラこうとうの大ホールを取ってしまうことから始めたのです。

−マンドリンオーケストラは4年目以降どうなるんですか?

3年目は最低でも60人のステージを目指し、それが実現したら4年目以降は80人、100人と目標人数を増やして行ければと思っています。私が知っている大きなマンドリンオーケストラは80〜100人の規模が多いですからひとまずはその規模を目指したいと思っています。もちろん楽団は人数だけではありませんが、初心者やブランクのある人にとって「パートに人数が多い」ということは演奏会においては安心感につながるんですよ。だからこそ3年間で「人が集まり、定着する団体」を作り上げたいと思っているのです。そういうシステムというか仕組みができてしまえば、あとは自分が中心にならなくてもポイントさえ押さえておけば団体は安定成長できると思うのです。

−それはマンドリンオーケストラの世代交代というふうにも聞こえますが

そういう言い方もできますね。私自身はカーニバルが今のコンセプトを守り続けられるのであれば主催者や運営者は自分よりもやる気に満ち溢れた若手に変わってもいいと考えています。団体という尺度でいえば上層部がいつまでも同じメンツであることは良くないと考えていまして、団長、指揮者、トップ、運営委員長などの重要な役職こそ、やる気のある人にどんどん譲っていくことが団体の新陳代謝を良くし、活性化につながっていくと思うのです。これは私と同じくカーニバルの創始者である山口とも見解は一致しています。

−そういう考え方があって新しい夢が始まったということなんですね

そうなんです。私は楽しい音楽もやりたいし、団体を立ち上げたり運営をしたりすることが好きだし、でもマンドリンオーケストラではそのポジションは若手に譲りたいというジレンマに陥り、いろいろと考えた末にまずは管弦楽、吹奏楽とのジョイント音楽祭をイメージしました。当初、管弦楽と吹奏楽はカーニバルに近いコンセプトの団体を見つけていくという方向で考えていたのですが、最終的に本当に自分たちのやりたいコンセプトの実現ができるかどうかというところまで来たときに「やっぱり自分たちで作ったほうが何かとやりやすい」という結論に至ったのです。

−それで管弦楽団と吹奏楽団を立ち上げることにしたのですね。でもマンドリン団体ほどうまくいくかどうかは不安ではないですか?

確かにそれはありますね。なんだかんだ言ってもカーニバルがマンドリン団体としてうまくいっているのは5年近くのマンドリン団体での経験があったからであって、管弦楽団・吹奏楽団に関してはキャリア0からのスタートである事実は素直に認めなくてはならないですね。

−実際、管弦楽団と吹奏楽団の立ち上げは大丈夫なのですか?

今考えているのはまず吹奏楽団を立ち上げて、ひとまずマンドリンと吹奏楽の2本立てで活動をして行き、ある程度軌道に乗ったところで管弦楽団を立ち上げるという計画です。幸いにもマンドリンの方で2年連続出演しているクラリネット奏者の団長が吹奏楽出身であったので、カーニバルのコンセプトを十分に理解している彼に吹奏楽団の団長を任せることで比較的早く軌道に乗せることができると思っています。もちろん管弦楽団の活動もできる限り早く開始したいとは思っていますが、これは吹奏楽団に多くのメンバーが集まって来はじめるタイミングで進められるのではないかと考えています。

−吹奏楽団(ウィンドオーケストラ)についてもう少し詳しく聞かせてください

吹奏楽団は2002年10月から活動をスタートします。演奏会は2003年3月21日(祝)です。今回はマンドリンオーケストラの立ち上げとは違って半年間しか準備期間がありません。第1回演奏会は会場のキャパ的にも20〜30名のステージができればいいなと思っていますが目標人数は60人としておきます。選曲や団体をどう作っていくかに関しては、団長を中心に新しく集まった経験者の皆さんとともに考えて行きたいと思っています。私自身は管楽器の経験がまったくありませんので初心者教室でアルトサックスに挑戦したいと思っています。とにかくブランクがあるとか、経験がないとかそういうことを考えなくていい楽団にしたいと思っています。活動は基本的にマンドリンオーケストラと同じ場所で毎週土曜日と考えていますので、練習後の打ち上げとかも楽しくなると思います。

−楽団カーニバル2001はどんな団体になっていくのですか?

カーニバルのやってきたことは「初心者・ブランクのある人を中心に楽しく、熱く音楽をしていくこと」に他ならないので、団体がマンドリン・管弦楽・吹奏楽の3団体になろうとも、3団体合同の演奏会で200名のステージが行われようともやっていくことは変わりません。メンバーにとっては他のジャンルのオーケストラとの交流や相互出演などによって仲間が増え、音楽の幅が広がって行くはずです。いろいろな楽器に挑戦したい人は3月に吹奏楽団、6月にマンドリン、9月に管弦楽団、12月に総合音楽祭という年4回もの演奏会に出演することができますし、例えばマンドリンにのみ集中したい人は自分の団体の演奏会と総合音楽祭の2回ステージに上がることができるようになります。

−そんなことが実現できてしまう団体は他には類を見ないですよね

と思います。管弦楽と室内楽と吹奏楽という組み合わせができる市民オケがあるのは聞いたことがありますが、マンドリンと管弦楽と吹奏楽という取り合わせですから、これはマンドリン族でなくては出てこなかったアイデアだと思います。

−最後にこのページをご覧の方にコメントがあればぜひお願いします

楽団カーニバル2001はまだまだ始まったばかりです。そしてその歴史を作っていくのは新しくカーニバルに参加される皆さんなのです。経験はないけれど何か楽器をやってみたいという方、楽器経験はあるけれどもブランクがあるのでなかなか社会人団体に入りづらいという方、今の学校には入りたい音楽団体がないけれど楽器は続けて行きたいという方、現役バリバリで楽器を弾いているけれど今の団体と違う音楽に触れてみたいという方、週末が充実していないのでとにかく毎週楽しく過ごしたいという方、スタートはどんなきっかけでも私たちは新しい皆さんを歓迎します。一歩勇気を出してカーニバルの門をたたいてみてはいかがでしょうか?きっといいことが待っているはずです。